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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12460号 判決

原告 奥山貢

右訴訟代理人弁護士 町山篤

被告 小俣熊平

右訴訟代理人弁護士 植木敬夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡し、かつ、昭和四三年六月二六日から右明渡ずみまで一か月金八二三一円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、昭和三二年六月五日以降、原告の所有にかかる別紙目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)上に同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を所有して右土地の使用を継続していたため、昭和四三年六月二六日施行された小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律(昭和四三年法律第八三号、以下、単に「暫定措置法」と略称する。)九条一項により右同日本件土地につき賃借権が設定されたものとみなされ、賃借権を取得した。

しかしながら、右賃借権は右九条二項により右の日から一〇年を経過した昭和五三年六月二五日限り消滅した。

2  本件土地の昭和四三年六月二六日以降の相当賃料額は、一か月金八二三一円である。

よって、原告は被告に対し、賃貸借終了に基づいて、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めるとともに、昭和四三年六月二六日から右明渡ずみまで一か月金八二三一円の割合による賃料及び賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、昭和五三年六月二五日限り被告の賃借権が消滅したとの主張は争うが、その余の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。本件土地の賃料額は、いまだ当事者間の協議または裁判によって決定されていないから(暫定措置法九条三項、一〇条)、被告の賃料支払債務は履行期未到来であるかないしは抽象的義務にとどまるものというべきである。

三  抗弁

被告は、昭和五三年六月二六日以降も引き続き本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有使用していた。

暫定措置法九条一項に基づく賃借権(以下、「法定賃借権」という。同条二項)のうち、建物所有を目的とするものについては借地法の規定が当然適用されるから、本件土地についても一〇年の法定賃借権存続期間が満了した際、法定更新に関する同法の規定により、被告の賃借権は更新されたものである。

四  抗弁に対する認否

被告が昭和五三年六月二六日以降も引き続き本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有使用していたことは認めるが、暫定措置法による法定賃借権にも借地法の適用があるとの被告の主張は争う。

五  再抗弁

仮に、右法定賃借権に借地法の適用があるとしても、

1  原告は被告に対し、昭和五三年七月三日到達の書面をもって被告の本件土地の使用継続について異議を述べた。

2  右の異議には以下のような正当事由がある。

原告は昭和一三年五月二一日、本件土地の所在する小笠原村父島で出生し、昭和一八年八月、父母、兄弟とともに強制疎開によって日本本土に引き揚げたものであるが、そもそも本件土地は原告の父である亡奥山省三が、将来期するところがあって昭和二二年一二月二五日当時の所有者であった訴外小笠原水産株式会社からこれを買い受け、昭和三八年一一月八日、父島における自己の事業の継承を原告に託して右土地を原告に贈与したもので、原告としても、昭和四三年六月二六日、小笠原諸島が日本に復帰して以来、亡父の遺志に従って帰島すべく、まず右土地について所有権確認の確定判決を取得し、その保存登記手続をするなどしてその準備を整えてきた。なお、原告は右土地以外にも父島に所有土地があったが、分離前相被告古堅武人ほか二名との裁判上の和解によってこれらを手離したため、現在本件土地が父島における唯一の原告所有土地である。

一方、被告は欧米系島民であるというだけで占領米軍から優遇を受け、父島の一等地である本件土地を使用してきたもので、法定賃借権の存続期間が一〇年間あったのであるから、その間に国有地の貸付けが受けられるよう努力すべきであったのに、被告はなんら右努力をすることなく漫然と経過してきたものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告がかつて父島から日本本土へ強制疎開したこと及び原告が本件土地の所有者で、同土地について所有権確認の確定判決を取得したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が昭和三二年六月五日以降、原告の所有にかかる本件土地上に本件建物を所有して右土地の占有使用を継続していたため、暫定措置法九条一、二項により昭和四三年六月二六日、本件土地につき期間を一〇年とする賃借権が設立されたものとみなされ、法定賃借権を取得したことは、当事者間に争いがない。

二  右法定賃借権の存続期間である一〇年の期間が昭和五三年六月二五日限り満了したことは明らかなところであるところ、被告は右賃借権は法定更新された旨主張する。

そこで、まず本件法定賃借権に借地法の適用があるか否かの点であるが、暫定措置法は小笠原諸島の復帰に伴う諸般の事情を考慮して同法施行の際、賃貸借契約に基づかずに建物その他の工作物を所有する目的で他人の土地を引き続き六月以上使用している者に対し従前の目的に従った賃借権を設定する一方特に存続期間など一定の事項について借地法の規定を修正したものであり(同法九条二項参照)、右修正された事項以外については、その性質上当然に借地法の適用があるものと解するのが相当である。

ところで、被告の法定賃借権が建物所有を目的とするものであることは前示のとおりであるうえ、被告が右賃借権の存続期間満了時である昭和五三年六月二六日以降も本件土地上に本件建物を所有して右土地の使用を継続していたこと、これに対し原告が同年七月三日到達の書面をもって右土地使用継続に対して異議を述べたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、右異議に正当事由があるか否かについて判断する。

原告は、かつて強制疎開によって父島から日本本土に引き揚げたものであり、本件土地が原告の所有で、その所有権確認の確定判決を得ていることは当事者間に争いがなく、原告が父島に所在する本件土地以外の土地を分離前相被告三名に対し、裁判上の和解によって売り渡したことは本件記録上明らかなところで、右各事実に加え、仮に原告がその主張のように亡父の遺志を継いで帰島の意思を有しており、右島における原告の所有土地が右各裁判上の和解によって本件土地を残すのみとなったものであるとしても、一方原告が離島以来既に四〇年近くを経過していることはその自陳するところから明らかなところであるうえ、被告が本件土地、建物を生活の本拠として占有使用していて、本件土地を速かに明渡すことができないことはこれまた弁論の全趣旨から明らかなところであるから、右のような原告が本件土地を必要とする事情がすべて認められるとしても、いまだそれをもって法定更新を阻む正当事由があるとすることはできないものというべきである。

原告は、被告が過去法定賃借権存続期間中に他に賃借地を得ようと努力しなかったことをもって正当事由の一つとして挙げるが、本件分離前相被告らの場合を考えてもそのこと自体をもって被告を非難することはできず、暫定措置法が法定賃借権設定のため土地所有者がその土地を使用できなくなった場合には国有地の貸付けが受けられると定めている(暫定措置法一一条)ことからも、原告の挙げる右事由は前記正当事由を補うものではないというべきである。

そうだとするならば、原告のなした本件更新拒絶はその理由がなく、本件賃借権は昭和五三年六月二六日法定更新されたものといわなければならない。

三  次に、原告は昭和四三年六月二六日以降の賃料及び賃料相当損害金の支払を求めるので、その点について判断する。

暫定措置法により被告が右同日法定賃借権を取得したことは前記のとおりであるが、右暫定措置法九条三項、一〇条によれば、法定賃借権の賃料はまず当事者間の協議に委ね、もし協議がととのわないときは裁判によって決定すべきものとされているから、右協議または裁判による決定があるまでは賃借人は賃貸人に対し、単に抽象的な賃料債務を負担するにとどまり、一定額の具体的賃料債務は発生していないものと解するのが相当であるところ、本件において原被告間の協議または裁判によって本件土地の賃料が決定されたことについて何等主張立証がないから、原告は被告に対したとえその額が相当賃料額であったとしても具体的賃料の支払を求めることはできないものというべきである。

また、前記説示のとおり被告の賃借権は昭和五三年六月二七日更新されているから、賃貸借契約の終了を前提とする損害金の支払を求めることはできないものといわなければならない。

四  以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川昭二郎 裁判官 山下満 佐藤明)

〈以下省略〉

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